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2013年 04月 16日 ( 1 )

 

伊藤正道さん

d0228130_726958.jpgイラストレーターの伊藤正道さんと言っても、ピンとくる人は少ないかもしれない。
でも、彼の作品は一度見たら絶対に忘れない。
世の中のあちこちで出回っているけど、例えば「きらら」っていう北海道のお米の袋の絵とか・・・

正道さんとは、古い縁がある。
まだ、私が駆け出しの放送作家だった頃、ちょうど「元気が出るテレビ」が立ち上がる頃だから、20代後半かな?
代々木公園の近くの清風荘というアパートに住んでいた。

d0228130_7274191.jpg木造2階建てで、下二部屋は倉庫で借りられていた。
私は2階の奥。
2階の手前の部屋の郵便受けと私の郵便受けは並んでいた。
隣には男の人が二人。
郵便受けに名前が書いてあった。

やがて「元気が出るテレビ」他、私のレギュラーも一気に増えて、収入も増えて、門前仲町のマンションへ越した。


d0228130_7283413.jpgそんなある日、私の書いたクリスマスのラジオドラマを絵本に・・・っていう話があり、ニッポン放送のある人が、「今、うちの子が夢中になって見てる絵本があって、その人どうかな?前番組に出てもらったことあるから、電話もわかるよ」ってことで、電話番号をメモした紙を渡された。

夜、そのメモを見ながら、さて、電話を・・・
とそのときだった。
書かれていた名前は「伊藤正道」。
これって、毎日、あのアパートで見てた、郵便受けに書かれていた名前だ。


電話したら、まだ正道さんは、その部屋に住んでいた。
その後、私の著書や、正道さんの絵本を送りあったりで、20年以上の付き合いが続いていた。
やがて、正道さんも有名になり、故郷である稲村ヶ崎にアトリエを設けた。
私は湯河原へ。
何か、近くなった気がして、いつでも行ける・・・なんて思いながら、一度も行かなかった。
個展の度に、正道さんはお知らせのハガキをくれて、そこには、必ず自記筆で一言が書き添えられていた。

先日もハガキが来た。
でもそこには、何も書き添えられていない。

印刷の文面に「・・・惜しくも伊藤正道は他界いたしましたが・・・」
そのハガキは、なんと回顧展への案内状。

つくづく思った。
会いたい人には会っておこうと。
いつでも会える・・・なんて怠けてないで。
私より2才年上なだけでも、今日元気でも、世の中何が起こるかわからない。
もっともっと話したかったし、アトリエも見たかったのに、私ってばいったい何をしてたんだろう・・・。
後悔先に立たず。

ごめんなさい。
正道さん。

by mizunomari | 2013-04-16 07:29 | デイリーコラム | Comments(0)