2011年 05月 08日 ( 1 )

 

思い出の歌シリーズ『天王寺思い出通り』

今日は『天王寺思い出通り』 by大塚まさじ



この歌を聴くと、思い出すのは、教育実習の、教生控室だった教室。
そこで、良くカセットで聴いてた。
教科ごとに机が集まっていて、私は「国語」の教生グループ・・・て、いったい他の教科も含めて全部で何人くらいいたんだっけ?
20人くらい?
あまり覚えてないなぁ・・・。
良哉先輩も、国語。
良哉先輩以外誰がいたのかも覚えてないよ。
先輩だけど、一浪してるからね037.gif

そもそも私がなんで教職課程をとったかというと、別に先生になりたかったわけではなくて、高校時代にあれほど勉強をしなかった私が、大学に入ったとたん勉強に目覚めて・・・
結局、高校の暗記中心の勉強って意味がわかんなかったんだよね。
でも大学では、いわゆる、「学問」っていうか、研究なわけで、とたんに面白くなっちゃって。
で、成績もすごく良くて、単位も先取りガンガンしてたら、だんだん暇になってしまって、その時間割の隙間を埋めるために、教職課程を取ったっていうわけ。
大学は、ものすごい田舎にあって、時間割がすかすかになると、暇つぶしに行くところもなかったし。

教職とると、もれなく教育実習もついてくるのです。

とまぁ、こんなわけで、先生になろうなんてまったく思ってないものだから、教育実習ももう、めっちゃくちゃ。
初日はジーパンはいていって、怒られ、実習の時は、問題集の答えが書いてある本を教卓に広げてて怒られ、控室ではデカい音でカセットかけて怒られ・・・
おまけに、夜は、スナックでホステスのバイトしてたから、授業の復習も反省も翌日の準備もなんもせず、即行でバイトに行ってたっけ001.gif
いやあ~もう、最高の問題児003.gif
それでも、卒業していった時に、私が創って残していった応援歌・・・『惟信小唄』は、歌い継がれていたし、大学時代、落研だった私の高座・・・じゃなく、講義は、面白いし・・・で、けっこう人気者だった。
最後の授業では、ギター持ってって、「惟信小唄」歌ってあげたりもした。
他のクラスでは、教卓に座布団が敷いてあって、「先生、落語やってよ」なんて言われて、落語やったり・・・。
先生には怒られっぱなしだったけど、生徒の人気投票では、ダントツ、ぶっちぎりの一位006.gif
ちなみに、良哉先輩はまじめだから、生徒には全然人気なかった・・・と思う037.gif
でも、これ自分では忘れてたけど、良哉先輩いわく、私が、教生の控室で泣いてた007.gifことがあったって。
怒られたからかな?
もう30年も前の話だから、全然思い出せません045.gif
[PR]

by mizunomari | 2011-05-08 08:10 | Comments(3)