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弦の替え時

「ヤフー知恵袋」は本当に便利だ。
フツー、身の回りの人に聞きまくる・・・みたいなレベルの疑問に、的確なしかもごく一般的な答えが掲載される。
結構小説を書いてた頃は、パソコンも今ほど普及してなったし、サイトのコンテンツも充実してなかったから、結局、「世間一般」は、自分の勘に頼っていた。
今だったら、「ヤフー知恵袋」で十分、事足りるね。

ところで、昨日、ギターの弦を替えた。
マーチンが届いたのが、震災の翌日(3月12日)。
その日から3ヵ月半、弦は替えてない。
ニッパーがどこかに行っちゃって、百均に買いに行けばいいんだけど、それをめんどーがっているうちに、今日に至った。
でも、焦げたモーリスはネックの所の弦はビロビロのまんま弾いてる。
マーチンはちょっと大事だから・・・。

で、弦だけど、いったい皆、どんなタイミングで替えてるんだろー?
って、40年くらい疑問のままだった。
子供の頃は錆びるまでそのままだった。

昨日、百均でニッパーを買ってきて、マーチンの弦を替えた理由は?というと、それは、もうすぐギター合宿があって、それに向けて、たぶん購入時に張ってあっただろう、ライトゲージっていうフツーの弦を、私がいつも使う、もう少し細い弦に替えたかったから。
これは私の弦の張り方にも問題があるんだろうけど、張り替えると一週間くらいはチューニングが安定しない。
だから、直前じゃなくて少し前に張り替えたかった。

私の弦を張り替えるタイミングは、「イベント」の少し前・・・かな?
さすがに、錆びるまでは使わない。

ところで「ヤフー知恵袋」は?ていうと・・・



「ギターの弦の張替え時期は?qweqqqweさん 」

なんとなく弦の調子が悪いような気がします。皆さんはどのタイミングで替えますか?
    1、切れたら切れた弦だけ替える
    2、切れた時 すべて替える
    3、定期的に替える(この場合期間を教えてください。

ちなみに自分は1番です





「ベストアンサーに選ばれた回答yarusenai100さん 」

趣味の範囲内なら、現状でいいんじゃないでしょうか?
せめて、2番をお勧めします。
1の場合、弦のテンションバランスがくずれます。
ベストな方法は定期的に換える事ですね。
保存状態や演奏頻度にもよりますので、必ず何日おきにという決まりはありません。
プロの方は演奏後にテンションを緩め、弦を必ず拭きます。ネックにもポリッシュをかけたりしています。
ギター本体や弦は湿気に対して、かなり敏感な楽器です。
湿度が低すぎると乾燥して、表面のヒビを許します。
逆に湿度が高すぎると、本体のネックがそれていきます。
又、弦も錆びて来ます。

私はプロでは無いので、6弦・5弦・4弦の色がくすんで来たら、全弦交換しています。


・・・だそうです。
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by mizunomari | 2011-05-31 07:47 | ギター&ライブ活動 | Comments(2)  

思い出の歌シリーズ『高円寺』 

やっぱ、私のフォーク&アコギ趣味で一番影響を受けたのは、拓郎さん・・・(一度でも仕事一緒にさせてもらうと、どうしても「さん」づけになるね)なんだけど、今日紹介する『高円寺』は、東京に出てきて、最初に住んだところ。

東京は卒業後の上京がもちろん初めてじゃない。
父の妹が、名古屋から東京・・・と言っても府中市だから、23区内じゃないけど・・・に嫁いでいたから、こどもの頃は何度か行ったし、大学在学中の春休みや夏休みは、その叔母の娘(従妹の美穂ちゃん)が一人暮らしをする、下北沢のアパートに入り浸って、そこから通って新宿のレストランと夜は下北沢のパブでバイトしていた。

で、大学卒業の直前になり、あとは卒論を出すだけって頃に、「読売連合広告社」って代理店に就職が内定して、母とアパート探しに上京したときには、私の中のキーワードは「高円寺」。

ミュージシャンの美穂ちゃんは、当時インディーズのメッカみたいな感じだった「下北沢」に拘ってたけど、私はどうしても「高円寺」だったなぁ。

その拓郎さんの「高円寺」・・・



これは1990年のライブなんだけど、笑っちゃうよね003.gif
「パンタロン」の話は・・・。
「ベルボトム」とも言ってたっけ。
実際、この数年後には「ブーツカット」とかいう名前になったけど、この「パンタロン」、皆フツーにはいてた。
でも、これは若い子に限り・・・だったかも。
私も、昔の「パンタロン」のジーンズのイメージがあって、なかなかはけなかった。

だけど、今度は、そのもっと昔の「スリム」・・・今は「レギンス」とか「スキニー」が、フツーになってる。

まさにファッションはぐるぐる周ってるね。

ところで、「高円寺」だけど、当時の国鉄(JR)沿線の『高円寺』には、適当な物件がなくて、結局、私が住んだのは地下鉄丸の内線の「東高円寺」。
そして、住所は「高円寺南〇丁目」って感じだった。
そこは、後、結婚した美穂ちゃん夫婦に又貸ししたっけ。
駅の近くに「イソップ」っていう行きつけの喫茶店があったけど、今でもあるのかなぁ?

・・・もう、「高円寺」から30年が経ったんだ043.gif
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by mizunomari | 2011-05-30 07:03 | Comments(13)  

歯の値段

今まで、歯が4本割れた(ひびが入った)。
内、一本は根本まで割れてしまい、どうにもなんなくて抜いたから、左上の歯は一本無い。
残りの三本は、土台だけ残して、その上に人工の歯。
これが一本7万5千円もするのだ。
それでも、私の通う歯医者の先生の腕は超一流だから、この値段にも納得がいく。
タイ人の先生でセティシャイ先生という。
東京で知り合った友人である歯医者の春日芳彦の大学と研修医院での同期生で、いまや私とも友達関係。
2歳上。

→訂正・・・春日っちからの訂正です。セッチーは九州大学の歯学部で、春日っちは、東京歯科大学だって。

春日ヨッシーに言わせると、セッチーは、田舎の町の歯医者なんかにしとくのはもったいない腕と知能なんだって。
大学に残っていたら、世界に名前が知れ渡るくらいのことになってたはずだって。

ま、それはともかく、私の通う「愛歯科」は、基本は保険診療だけど、インプラントや入れ歯は、保険外診療のみ。
それくらい、自信があるんだって、本人いわく・・・。
それでも、一本7万5千円って相当な金額だよ。
だから、歯は大事に大事にしてた。

私は子供の頃、歯列矯正を拒んだために、当然ながら、歯並びが最悪。
で、歯の小さく突起した部分同士が上下で合わさるからその一点に大きな力が加わって、ひびが入りやすいんだって。
歯並びが悪いから、重なっている歯も多くて、その隙間とかもすごい頑張って磨いているから、虫歯にはならないんだけどね。

ところで、それは2週間ほど前のこと。
「痛っ!!」・・・なんか小さな固いもを右奥歯で噛んだ時だった。
・・・明らかに、また「ひび」?の感触。
やばい・・・025.gif
それから、しばらく様子をみていたのだが、痛みは治まらない。
右奥歯で何かを噛むとキリッと痛みが走る。

しかたない・・・また7万5千円だけど002.gif
右の奥歯で全然、噛んでなかったら、顔も左右対称でなくなってきたし。

最後に行ってから約2年半ぶりの「愛歯科」だった。
「セッチー・・・なんかまた割れたみたいだっけ~007.gif
っつった私にセッチーは、「それより、痩せましたね~。なにかあったんですか?」って。
セッチーには、歯医者以外でも町中で時々会ったけど、それでも最後に会ったのは半年以上前だったと思う。
私は、父の末期の看病から今日までのこの5か月ほどでちょっと痩せたからね。
その介護疲れのいきさつを長々と話てから、歯のレントゲン。

ところが結果は「ひび」でなかった。
歯茎は全然腫れてなくて、歯の真下(付け根)の所に菌が入って膿んで歯が浮いているんだって。
よく磨いてはいるけど、心当たりはある。
それは、寝酒だ。
すごいきれいに歯を磨いて、、すっかりいつ寝てもいいように体制整えてから、寝酒する・・・ってことが、時々あるから。

結局、膿を出してもらい、薬を処方してもらって、お終い。
行くまで悩んだけど、蓋を開けてみれば、ただの歯槽膿漏だった。
とは言っても、薬で治らなければ、抜歯になる。

死んだ祖父の心残ってる言葉で・・・
「遊べんやつは仕事もできん。遊ぶ時にカネを惜しむな」っていうのと・・・
「歯にはいくらカネかけてもいいで、きちんと治さなかん」
ってのがあるんだけど、他にも多々ある名言の内、この二つはちゃんと守っている私。
ちなみにじいちゃんは、ものすごくお金かけた総入れ歯だった。
でも、歯は基本、「カネかけたいい治療」より「ちゃんと歯磨き」・・・だよね。
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by mizunomari | 2011-05-29 06:47 | デイリーコラム | Comments(2)  

介護用品 

車椅子になったおばちゃんのために、うちの中での移動が楽なように、家具の配置を変えたり、畳の小上がり部分をリフォームしたり・・・と、退院直前までなんやかやと落ち着かなかった。
車椅子は、おばちゃんの退院前に、うちに来ていたけど、実際に私が自分で乗って動線を調べたのではなく、車椅子を手で押して、通れるかどうかやってみた。
これが良くなかった。
ちゃんと自分で乗っていれば・・・
といって、結果、大変なことにならなかったのは幸いだったけど。

なにがあったかというと、おととい、退院してきたおばちゃんが、車椅子にのってトイレに行ってそこで、前かがみになったとたん、ストンッ!!とフットレストが床に落ちたのだ。
両足とも・・・。

おばちゃんが、私を呼んだ。

私も最初は何が起きたのかわからなかったのだけど、わかったとたん怒りが込み上げてきた022.gif
そりゃそう・・・021.gif
だって、介護用品だよ。
ヘタしたら、おばちゃんまた転倒してたかもしれないし、かかとの骨折だってありうる。
しかも、車椅子に添付されてた点検チェックシートは、フットレストに点検しましたのチェックが入ってないの。
たぶん、これは、実際に介護用品のレンタルの会社の人がおばちゃんを座らせてみて、高さや向きを調整してねじをきちんとしめる・・・っていう段取りのために、最初はねじを緩くしてあるんだろうな。

理由はともかく、ぶち切れた私は、すぐそこの会社に電話して、責任者に変わってもらって怒りまくったのだった022.gif
これはもう怒って当然でしょう?
いくら謝られたって、大体意味わからん。
介護用品で怪我してたかもって・・・介護用品の安全点検ができてないって・・・どういうこと?
アナウンサーが「今日は声がでないから、しゃべれません」って言うのが有りえないくらい、プロとして成立してないじゃん021.gif

・・・てなわけで、担当の人はすごいいい人だったんだけど、こういうのは会社自体のゆるみというか甘さみたいなものが露呈したのだと私は思うので、「一事が万事」ということで、もう、この会社と縁を切ることにした。
電動のベッドも借りてるので、それも違う会社で借りることにした。

そうなると、また、新たな契約を結ばないとならないし、これまでのベッドの運びだしに運び込み、とかまた、時間がとられることになるけど、安全には代えられない。

介護って、「守り」なのだ。
これ以上悪くなって行かないように、どれだけ先回りして予防できるか・・・。
でも、どれほど心血を注いでも頭を働かせても思い通りにはいかないことだらけ。
だからって、降りるわけにもいかないし。
私にはすごく大変なんだけど「早く死んじゃえばいいのに」とも全然思えないところをみると、どうもやっぱそこには頑張れるだけの「愛」があるんだろうなぁ034.gif
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by mizunomari | 2011-05-28 08:42 | デイリーコラム | Comments(0)  

夢見る頃は過ぎたけどさ

来月、「戦うオヤジ応援団」というアコギ&フォークのサークルのギター合宿がある。
ここで、私は、このサークルのデビュー。
ギター弾きながら歌うたうのが基本のサークルだから、当然、皆がそれをやるわけで、何にしようか、まだ迷ってる。

昔(高校時代)はオリジナルもけっこう創った。
でも、私の創るのは、歌詞はともかく、曲が今一・・・なんか所ジョージ風?
つまりコミックソングになっちゃう。
母校の高校に残した応援歌は、卒業した数年後の教育実習で、まだ歌い継がれていて感激だったけど、それだって『惟信小唄』っていって、すごい単調なメロディーで歌詞は10番まである。
ちなみにコード進行はC-Am-F-G7を四拍づつ、そして、また同じメロディーでC-Am-F-G7ーC。
永遠これの繰り返し002.gif

この手のなら、すぐにでも創れるのだけどね~。

で、こんなのしか創れない私は、だんだんと、作曲をしなくなっていった。
でも、時々作詞はしてた。
ちなみに、プロになってからも、ミュージカルの中の歌の作詞とかしてたから、今でもJASRAC(日本音楽著作権協会)から、わずかだけど、作詞印税が入ってくるんだよ001.gif

話はそれたけど、で、今度のギター合宿で、オリジナルの「相棒」を探そうかなと思っているの。
つまり作曲してくれる人をね・・・。
今、一番曲をつけてもらいたいのは、この詞・・・。

       

                    『夢見る頃は過ぎたけどさ』

                  遠いあの日 
                  いつも口ずさんでいた
                  今は懐かしい 
                  あの歌を覚えたての頃

                  恋をしたり 
                  明日を追いかけながら
                  人はすれ違い 
                  振り返る戻れない道で

                    だから今夜は歌いたいんだ
                    夢見る頃は過ぎたけどさ
                    だから今夜は歌いたいんだ
                    夢見る頃は過ぎたけどさ

                  熱い思い
                  胸に抱きしめていた
                  今は懐かしい
                  あの歌を初めて聴いた夜

                  風の中で
                  明日に戸惑いながら
                  人はまた出会い
                  繰り返す戻れない道で

                    だから今夜は歌いたいんだ
                    夢見る頃は過ぎたけどさ
                    だから今夜は歌いたいんだ
                    夢見る頃は過ぎたけどさ



これは、20年くらい前に、放送作家として、「元気が出るテレビ」の企画に携わってた頃に同僚のキッドと一緒に、会議中にコソコソ・・・と・・・何を話てたかというと、二人で、キッドんちにあるミニスタジオで、遊びで、二人がメインパーソナリティーって言う設定で、番組創らない?って話。

実際、その遊びはちゃんと二人でやって、音楽とかも入れて、当時はカセットだからカセットに録音して・・・
ま、すごいきちんとしたものが出来上がったんだけど、この詞はその番組(タイトルは『麻里とキッドの夢見る頃は過ぎたけどさ』)の、テーマ曲として書いた。
キッドの弟のトールはミュージシャンだから、曲つけて歌ってくれたんだけど、その曲が難しすぎて、ちょっとイメージじゃなかって、結局うろ覚えのまま。
キッドも、全然覚えてないって。

今、なんかこの詞が気持ちにしっくりなじむ。
まさに、「夢見る頃は過ぎたけどさ」・・・でも、歌いたいんだよね001.gif
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by mizunomari | 2011-05-27 07:44 | ゴルフ | Comments(0)  

携帯の写真

ブログをリニューアルしてから、たまに動画や、有りものの写真はのっけているんだけど、最近、自分で撮った写真を載せたいなぁ・・・と思い始めた。

でも、実は、私は写真はあまり興味がなかったのだ。
ダンナは、自分のサイトに一生懸命写真をアップしてるけど、そのデジカメも私が全然使わないからってあげたやつ。
上海に留学してた5年くらい前に、上海で写真撮るためにわざわざかったのに、結局一枚も写さずに帰ってきたのだ。

最近、なんで写真を載せたいと思い始めたのかというと、清田っちの携帯カメラの性能がいいのを目の当たりにしてるから・・・。
携帯も進化してるね~。
私の携帯は、まだ2年経ってないのだけど、カメラ機能なんてまったく重視しないで選んだから、写真の画素数が小さくて、ブログに掲載するのにはちょっと耐えられない。
それに比べたら、清田っちのカメラのなんときれいに写ることか・・・。

しかも、清田っちは、前々からビジュアル的なセンスがいいから、写真を撮るのも、いい感じに切り取る。

ここんとこ、行った、名古屋、大須のパンダマッサージとか、写真が載ってたら、もっとわかりやすくつたえられるのに・・・。
と思うと、ちょっと悔しい。

でも、2年まであと半年位あるし・・・。

って、この前清田っちに話したら、なんと、清田っち、前の携帯と二重払いしてんだって。
どうしても、カメラの性能のいい携帯が欲しくて・・・だって。
なんか、そこまでするかなぁ・・・って思うんだけど002.gif
ま、いろんな考え方がありますから・・・人それぞれっつーことで045.gif
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by mizunomari | 2011-05-26 07:35 | デイリーコラム | Comments(2)  

思い出の歌シリーズ『ほうせんか』

今日、紹介するのは『ほうせんか』  by 中島みゆき。

ま、とりあえず聞いてくださいな。



歌詞が好き。
曲もきれいないいメロディーだと思う。
でも、やっぱどっか中島みゆきらしい、厳しさがある。

この歌を聞くと、必ず思い出す風景がある。
それは、大学の頃・・・。

~この歌を教えてくれた容子と、そして、私と真琴の三人で、大学から少し離れたバスの乗り場まで歩いている。
三人、縦一列になって。
歩いているのは、田んぼのあぜ道みたいな農道。
ちょうど今頃の季節?
田んぼでは田植えが終わった頃で、空は青くすごく気持ちいい日だ。
容子が歌詞指導しながら、私と真琴で、歌詞を一生懸命覚えながら歩いている。
そしてだんだんとおぼわって、「さぁ、じゃあ今度は、最初からやで・・・さん、はい」
・・・で、一斉に「060.gifかなしいですね、人はだれにも・・・」って田んぼの真ん中ででかい声で歌い始める。

列の先頭は私。
そしてら、いきなり「わ~~~~っ!!」て叫んで私が立ち止まったものだから、二人が私にぶつかった。
「なんや?どうしたんや?」って、容子が聞く。
「あ、あ、あれ見て~~~~008.gif」。
私の指さす場所に居たのは、それはそれはでっかい芋虫。
未だかつて見たこともないでかさ。
20センチくらい?
しかも、色が「黒」と「橙」と「青」のまだら模様だ。
それがのたりのたりと、農道を横切っていく。
三人とも目がテンだ005.gif

それから、何年後とか、何十年後とかに、容子と真琴それぞれ別々に会ったときに、皆が共通にこのシーンをはっきりと覚えていた。
そして、その光景と共に覚えている『ほうせんか』。
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by mizunomari | 2011-05-25 07:54 | Comments(0)  

続・パンダマッサージ

パンダマッサージと書かれた部屋のチャイムを鳴らし、ドアを開けると、何やらすごい場違いなところへ来ちゃったみたいな光景が・・・008.gif

すごい派手な・・・なんかコスプレみたいな服の女の子が二人に、やくざみたいなおじさんが、餃子とか豚足とか、肉団子とか、あと野菜炒めたのとかを囲んで、賑やかにパーティしてたのだ。
一瞬、あれ?部屋間違えたのかな?
って思ったんだけど、奥から、男の子が「いらっしいませ」って。
さっきの電話の声だ。

「おねーさん、ごめんね。今ごはん」って、女の子。
「おいしそー」って私が言ったら「おねーさん、一緒に食べる?これ手作り餃子」って餃子を一つくれた。
「うまっ!!」
その餃子があまりにおいしかったので「ハオチー」って、中国語で「おいしい」って言ったら、それが、皆に受けた。
で、なんかいきなりすごい打ち解けて、私も調子に乗って、知ってる中国語しゃっべたりしていつの間にか友だちのうちに遊びに来たみたいな状況になって、結局いろいろとごちそうになったのだった。

「そうそう、足つぼやりにきたんだっけ」って、一区切りついたところで、本来の目的を果たそうとすると、女の子(といっても30代後半?この人が店の責任者か経営者みたい)が「おねーさん、こういうセットメニュー、あるよ」なんてメニューのファイルも見せてきた。
そこには「足つぼ40分 + 中国整体60分 6000円」とある。
「あれ?これって変じゃん」034.gif
看板には足つぼ40分 2000円、整体60分 3000円って。
なんでセットになると高くなるのかなぁ?
ふつーセットにすると割安になるんじゃあないの?
・・・と、そこらへんの説明を求めたら、返答はしどろもどろ。
で、結局は「続けてやる、疲れる、少し高いね」ってわけわからん答えに落ち着いた。
ま、それでも、すごく安い。
いろいろとご馳走になったし、ま、いっか・・・。
ってわけで、男の子に足つぼ40分と整体60分、マッサージしてもらった。
これがめっちゃうまくて、途中でねむっちゃったっけ014.gif

ところで、そのパンダマッサージ、部屋の中はもろ中国。
色のセンスといいインテリアといい、中華の香辛料の匂いといい、とびかってる中国語といい。
上海に留学してた私は、マッサージ受けながら、なんか上海にいるような錯覚にとらわれてた。

大須の上前津交差点の「パンダマッサージ」。
コアな大須のど真ん中の不思議スポットでした。
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by mizunomari | 2011-05-24 15:00 | デイリーコラム | Comments(0)  

パンダマッサージ

昨日から、母のいとこの四十九日の法要で、名古屋に来ている。
昨日は、永延一時間にも及ぶお経とおっ様のお説教で、足がしびれまくった。
一番後ろの座布団で、それでも、密かに膝を崩していたのだが、その横すわりの無理な体制で、今度は腰に来た。

d0228130_7425092.jpgその後、母と別れて、一人「大須」へ。
ここは、東京の浅草みたいなところ・・・。
まぁ、いわゆる「コア」な地域。
ここには、用があって訪れたのだけど、ちょっと気になる看板を発見した。
『パンダマッサージ』・・・マッサージ屋なんだけど、気になったのはその料金だ。
足ツボ40分・・・2000円。
中国式整体60分・・・3000円。
・・・やすっ!!

でも、店はそこにはない。
どうもその看板があるビル(マンション?)の2階の一室みたい。
ちょっと怪しくないか?
とは思ったんだけど、とりあえず電話してみた。
「あのぉ、今、看板の所にいるんですけど、今から足ツボ40分すぐできますか?」
って、聞いたら、明らかに中国語なまりの日本語が返ってきた。
「できますけど・・・二人?」
「一人だけど・・・」
「一人ならできます」って。

ビルに入ると、フツーの古いマンションじゃん。
エレベーターに乗ろうとしたら、韓国人みたいな客引き風の男の人が「何階いく?」って聞いてきた。
「2階のパンダマッサージだけど・・・」って言ったら、「ああ、だったら、この階段、近いね」って。
ますます怪しさ倍増の展開となってきたのだった。

さて、この話は長くなるので、また明日・・・。
お楽しみにね。
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by mizunomari | 2011-05-23 07:11 | デイリーコラム | Comments(0)  

名古屋へ

今日は、母の従妹の法事で、名古屋へ。
従妹と言っても、姉妹同然の関係だった。
母の母親(つまり、私の母方の祖母)の、在所の一人娘だ。
その、祖母は、母が幼いころに亡くなっていて、母は、そのもっと前に父親も亡くしていて、子供のころはよく、祖母の在所に預けられていたらしい。
だから、そこの一人娘である従妹とは、姉妹のように仲が良かった。
母より5つ上で私は「葉子おばさん」と呼んでいた。
葉子おばさんは、父と同い歳。
そして、父が死んで、その2ヶ月後に逝ったのだった。
今日は、その四十九日。

祖母の在所・・・葉子おばさんのうちは、すごい裕福だったみたい。
名古屋の名鉄(名古屋鉄道)の切符の印刷を一手に請け負っていたという「成瀬切符」という会社を経営していたそうだ。
だから、そこの一人娘である葉子おばさんも蝶よ花よと育てれてた・・・と母が言っていた。
葉子おばさんの両親を、母は「おじさま」「おばさま」と呼んでいた。
そのおじさまとおばさまの間に母と葉子おばさんが挟まれて寝ていた、というくらい、母もかわいがられていたみたいだ。

葉子おばさんには、一人息子がいる。
朗君という。
赤ちゃんの朗君を連れて、葉子おばさんが、うちへ遊びに来た時の写真がある。
私は幼稚園くらいかな?
朗君は、はとこにあたるわけだが、一切親交がなかった。
葉子おばさんは、しょっちゅう名古屋のうちに遊びに来たり、母に電話をかけてきてそれに私が出て、話をしたりで、私もかわいがってもらっていたのだけど。

で、その朗君とは、まったく記憶はないけど、その写真のころから、四十何年ぶりかに会うわけだ。
なんかすごく変な感じ。
親せきなのに、そして、葉子おばさんとは、まさにすごく「親せき」って感じを持ってたのに、はとこの朗君に関して私は何もしらない。
それは、母も同じ。
顔もわからない。
それなのに、その朗君と奥さんが住むうちは、母が70何年前に寝泊まりしたうちなのだ。

このことに関して、朗君と、何度かメールでやり取りをした。
その最初のメールのタイトルは「はとこの朗です」だった。
まったく知らない人なのに、間違いなく親せき・・・。
今後、どういう展開になっていくんだろう?
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by mizunomari | 2011-05-22 00:30 | デイリーコラム | Comments(0)